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セロトニン

2010年07月27日 · コメント(0) · 未分類

先日、機会があり有田先生(東邦医大)のセロトニンの話を伺いました。 科学的根拠の点で、論争があったようですが、仮説としてとても興味深い話で、大変楽しく傾聴させて頂きました。 古くから、心身に良いとされていた事柄を、脳内セロトニンの活性化としてとらえると非常に理解されやすく、特にこれまでの古来からあるボディワークの類にとっては、効果を説明するに非常に便利と思います。 脳内セロトニンの活性化は、陽に当たる、リズム運動、そしてグルーミングで確認されたそうです。セロトニンと体内時計と深く関係するメラトニンとは非常に密接なつながりもあり、「朝一番で陽にあたる。」の効用を脳内セロトニンの活性化として説明できると言います。 また、リズム運動は、腹式呼吸、腹式呼吸を大切にする座禅、ヨガ、太極拳、読経や、咀嚼、歩行等と言った、古くから心身に良いと言われるものを、やはり脳内セロトニンの活性化として説明ができますし、リズム運動の代表とも言える歩行ももちろんセロトニンの活性化が認められるそうです。 ただ、グルーミング(これはおそらく動物実験だと思いますが)では、セロトニンの脳内活性化が認められるものの、マッサージではどうも期待されるほどの活性化が得られていないと言ったお話もありました。また、踏み台昇降と言った運動でもおしゃべりしながらの”ながら運動”では十分な活性効果は得られないのだそうです。 もともと、セロトニンは”うつ”との関連が確認され、またストレスや疲労でセロトニンの活性化は抑制されることを踏まえ、セリグマンが検証した学習性無力感(犬に行った実験)はこの脳内セロトニンの活性化が抑制された結果と言えるのではないかとも、私の質問に対してお話しして頂けました。 このストレスと疲労は、確かにセロトニンの活性化を妨げるようですが、実は、シベリアで抑留体験のある方へのインタビューでは、疲労、栄養不足、そして人間扱いされないような環境での強制労働、つまり強烈なストレス下に居ながら、”うつ”にはならなかったようです。確かに、如何に体力を温存するかと言った無気力的な活動ではあったものの、一般的な”うつ”では無かったようです。 その理由を、その方は「仲間の存在」と答えていました。日本に戻れるなどという期待はなく、自己効力感など持てない状況下でありながら、「そこに仲間がいたから」なのだそうです。 セロトニンと言う、脳内における生理的作用は、人の行動などを説明するにとても理解しやすい素晴らしい考えだと思います。 ただ、しかしそれは、自分自身でも、他人を通してでも自分自身の存在を確認する、自分自身に注意を向けると言う、基本姿勢に基づき生じる現象でもあるようです。機械的に動かすだけでは、セロトニンの活性化は期待されるほどのものではないようですね。このことにも十分配慮が必要ではないでしょうか。

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ありがとう

2010年05月06日 · コメント(0) · 未分類

「ありがとう」と言う言葉は、かなり古い歴史があるようですね。 マザーテレサは、「愛」の反対語は「憎しみ」ではない。「愛」の反対語は「無視・無関心」であると言いました。『憎しみは、その相手に関心を抱いている。だから、いつの日かその憎しみが愛に変わらないとも限らない。しかし、無視・無関心は、決して愛に変わることはあり得ない。』は、とても有名です。 「有難う」は字のごとく、「有ることが難しい」、「そうそうは滅多にない」、「大変貴重」と言う意味合いなのだそうです。その反対が「当たり前」、「別に特別ではない」、「大したことではない」になるようです。記載は、すでに千年も前から『枕草子』に出てくるようで、また、お釈迦さまが弟子たちへの言葉として、この「有難い」、「有難う」を教えたとも言われているようです。 5月2日3日のメディカルリハビリテーション大勉強会に招かれ、大先輩の入谷先生、福井先生とご一緒させて頂き、また二人の姿をみて、本当に自分自身、「有難い」と感じました。 お二人とも全然、変わらないですね。まだまだ、前に向かって行こうとする姿勢。自ずと「自分も負けるわけにはいかない。」と、奮起してしまいました。お二人と話していて、笑い話のネタとして思いだし、話に花が咲いたとしても、決して、あの時が最高の自分であったとは、だれ一人思っておらず、まだまだこれから、これからもっと成長するんだ。そんな、気があふれていました。 牛島の偶然を必然・・・にも記しましたが、彼は、過去を懐かしむことはあっても、いつも前を向いていました。過去を懐かしんでばかりいる友人に対して、過去を懐かしんでばかりで、これからの夢を語らないでいると言うことは、あのときが最高の自分であったと、もう、前に向かわなくなっている証しだとつぶやいていた時のことを思い出します。 思い出は大切です。でも、生きていいる限り、同じ自分はいません。成長を止めるのも自分。成長し続けるのも自分。それを、再認識できた時間を提供してくださった、メディカルリハビリテーションの皆さん、そして、やはり入谷先生、福井先生、そして同じ空間に存在できたこと、その全てに「ありがとう」です。

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